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1-11 朝早くに来た人は 1

last update Last Updated: 2025-06-09 07:39:19

 食事の終わった後、朱莉と明日香はダイニングテーブルに向いあって座り、話をしていた。

蓮は隣のリビングで大好きなネット配信アニメを観ている。

「あのね、明日朱莉さんはお母さんのお見舞いがあるのでしょう? だから私が代わりに蓮を1日預かってもいいかしら?」

「え?」

コーヒーを淹れていた朱莉の手が止まる。

「朱莉さんが蓮を翔の知り合いに預けているって話は覚えているわ。明日も午後からその人に預かってもらうんでしょう? だから代わりに私が蓮の面倒を見たいの。いいかしら?」

「明日香さん……」

(蓮ちゃんと2人きりで明日……)

朱莉の胸はズキリとしたが、明日香は蓮の本当の母親である。

「ええ、もちろんです。どこかへお出かけでもするのですか?」

朱莉は極力冷静に明日香に尋ねた。

「そうね。動物園か遊園地を考えているわ」

「それはいいですね。では蓮ちゃんに希望を聞いてみてはいかがですか? 幸い明日も良いお天気の様ですから」

「ええ、明日尋ねるわ。行ければ両方お出かけしてもいいわね」

明日香が楽しそうに笑う姿を見て朱莉は思った。やはり本当の母親にかなうものはないのだろうと――

****

「え? それじゃ明日はお姉さんと一緒にお出かけするの?」

蓮は朱莉の話を聞くと、明日香を見た。

「ええ、そうよ。どこでも好きな場所に連れて行ってあげるわ」

「それじゃ水族館! 修ちゃんと約束していたところ!」

「修ちゃん?」

明日香は首を傾げた。

実は明日香には修也の存在を知らせていなかったのだ。翔が日本を発つ前に明日香には修也の存在を知らせないように口止めされていたからだ。だが、なぜ話してはいけないのか理由を聞かされていない……というか、聞きにくかったからだ。

翔は修也の話になるといつも不機嫌になるので、朱莉はどうしても聞くことが出来ずにいたのだ。

「あの、修ちゃんという方は現在アメリカに行った翔さんの代わりに代理の副社長をしている方なんです」

朱莉は慌てて答えた。

「あら、そうだったの? でもそんなすごい人がよく引き受けてくれたわね」

「ええ。子供が好きな方ですから」

朱莉は必死でごまかした。

「まあいいわ。それじゃ朱莉さん。悪いけどその方には断りを入れておいてくれるかしら?」

「はい、もちろんです」

朱莉が答えると、明日香は立ち上がった。

「さてと、そろそろおいとまするわ。もう20時過ぎて
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